GAJINのコラム



第36回太極拳への思い
第35回ダークマター
第34回-2 後付記録
第34回 太極スタイル
第33回 作家・西谷史
第32回 今こそ語り部になりましょう
第31回 一緒に土下座しませんか?
第30回 アジアを見つめて
第29回 ポケットパズル!?
第28回 戦争と平和
第27回 介護はどうする?
第26回 ゲームは子供の脳に良くない・・・!?
第25回 12連発行きまっせ!
第24回 ジタバタと信念のはざま
第23回 文化を遊び尽くすことが・・・
第22回 ヘキサー団が「小学六年生」に登場!
第21回 はがきの切手
第20回 年の瀬に 2001
第19回 新世界は遠いのか?
第18回 「亀王戦」を終えて
第17回 通信対戦しようよ
第16回 「地球」って文字が・・・
第15回 がんばれ小学五年生
第14回 ヘキサイトの新世紀事件
第13回 ヘキサイトの世紀末事件
第12回 超能力
第11回 1万ボルトの怪
第10回 ネット・NET・ねっと
第9回 ♪壊れかけのGAJI・・・
第8回 X-Boxは○
第7回 遅い新年のご挨拶
第6回 やった!グッド・トイ認定
第5回 小さな喜び
第4回 プレイステーション2
第3回 真夏の昼の怪奇
第2回 NEO(ネオ)な気持ち
第1回 <e=mc2>



2014.10.8
第36回 太極拳への思い
 このコラムの7年間のブランクは、まさに太極拳に係る仕事に没頭していたためである。もちろんサビれたホームページになってしまったが、ブログやツイッターには追いつかない年代なのと、密かに日記的に残して置きたい理由で、こうして書きとどめて置く。
 もし、ゲーム関係で覗いてくれた方には申し訳ないが、その関係では少ししか書けない。
 さて、太極拳への思いと題して書くわけだが、あまりにもアイテムが多すぎて、箇条書き的にならざるをえない。あくまでも自分の考えを残しておくための文言であるが、日本全国の太極拳愛好者、あるいはまったく太極拳を知らない人に、少しでも理解をひろげられたらと思う。
 まず、本コラムの第34回でも記述しているように、私自身で太極拳を習ってみて、健康スポーツとして非常におもしろいと思っている。おもしろいというのは、趣味的にも、身体的にも、そう感じている。ここから「おもしろさ」を端的に箇条書きで書いてみる。
1) 中国武術という「武術の表面に触れる」ことのおもしろさ。
2) 「太極拳」という中国の国民体操にもなっていることへの興味。
3) 「陰陽」という宇宙観にも通じる思想的なおもしろさ。
4) 形だけでなく、身体の内部に感触をもてる不思議さ。
5) 実際に取材したほとんどの人が持病改善になっている。
6) 通勤電車や階段の昇り降りでも意識した練習ができる。
7) 上達する中で、心に余裕ができていく。
8) 足腰に関しては、同年代の人には負けない気がする。
9) 自分なりの太極拳(競技では「自選」という)を編み出せる。
10)畳2畳の空間があれば、かなりの形を練習できる(自分では「2畳太極拳」と名付けた)。
11)道具もいらないし、とにかくお金がかからないスポーツ。
12)ひとりでも、グループでもできる。特にグループは、人とのふれあいが楽しい。
13)ゆったりとした(ヒーリング)曲を流しながら演武するので、気持ちいい。
14)90歳代でも(自分はそう思う)できる生涯スポーツ。
15)スポーツ音痴な人でも、すぐに入れる。
16)奥が深いので、ハマる人にはうってつけ。
などと書いてみたが、いかがでしょうか。
 競技スポーツとしては、2019年茨城国体から公開競技として「武術太極拳」種目が追加される。正式競技種目になるのも遠くないと思う。国際的には、オリンピック種目候補として2013年の選考で舞台に上がったが、結局レスリングに収まった。しかし、2024年の候補にも、また上がると思う。アジア競技大会では、すでに正式種目として継続している。 競技スポーツとしての「武術太極拳(Wushu)」については、ジュニアおよび20〜40歳代の人口を、どのように増やしていくかが問題となっている。ちょうど今(2014年10月)は、30代女性向けの雑誌「タイチーライフ」が出ており、美容と健康をテーマに女性編集長が頑張ってくれている。私が起ち上げた雑誌(7年前)の「太極スタイル」では、宮岡愛(現姓:内田愛)さんをシリーズ企画で登場してもらったが、タイチーライフでは市来崎大祐さんが協力している。両人とも、日本代表選手として長年国際大会でメダリストとして活躍している。
 ジュニアには太極拳は、なかなか動機づけが難しい。というのも、カンフーのような速く激しい動きは好まれるが、ゆったりとした太極拳は体力的なことも含め、単純につまらないと感じる子どもが多いと思う。実はそれでいい。まずはカンフー(長拳や南拳という種目)から始めて、中国武術の知識も含め、太極拳にいずれ興味を持ってもらえればいいし、なにより国内大会でも国際大会でも長拳や南拳は正式な種目であるので、競技スポーツとしての「武術太極拳」の裾野は広まるから。
 より多くのジュニアや一般の人たちに対して、とにかくもっと認知度(どういうスポーツなのか、何がおもしろいのか等)を上げていくことが肝要だと思っている。それには、入り口を広く、いろいろな角度から宣伝や広報的な計画を考えていくことが大事だろう。これは、普及を推進する組織内部にいる自身の考えである。
2014.10.8
第35回 ダークマター
 21世紀現代(2014)の宇宙物理学において、ダークマター、ダークエネルギーの謎の解明が待たれている。いろいろな仮説がある中で、いちばん可能性があると思うのは「真空エネルギー」だ。超弦理論のM理論で説明される膜宇宙にも敵対しないのではないだろうか。素人の考えだが、いちばんスッキリする気がする。ビッグバンの説明の中でも真空エネルギーを用いて解く研究者がいるにもかかわらず、現宇宙内の真空エネルギーについては、あまり取り沙汰されないのは何故だろうか。素粒子物理学での「強い力」「弱い力」の影響力を重視するあまりに(つまりアインシュタインの重力理論との非整合性への意識)、自然界の原理の見落としがあるのかもしれない、と、勝手に想像している。
 もし真空エネルギーが銀河間でも重力に影響を与えていると仮定すれば、宇宙の膨張加速も容易に説明できるはず。ただし、そのエネルギー値が重力値を超える条件は必須となるが、ヒモ理論でいう重力素子の分散からいうと可能性が無いとは言い切れないと思う。真空エネルギーは秘めたるエネルギーだが、揺らぎがあり、その揺らぎで生ずるエネルギーの発散がもし可能であれば、という仮説に過ぎないが。どうなんだろう。単純な思い。  
2009.9.1
第34回-2 後付記録
 今年の夏前から、一サラリーマンとして新しい世界を航海することになった。「普通のオジサンに戻りたい」というわけではない。  感慨深い・・・  個人事業からジー・ユーという会社を起こして15年、短いようで長く、また長いようで短いと感ずる。思えば高校時代の学校紛争からの思索がつづいている気がする。半世紀を生きてきて、今さらながら、人間の不思議さに戸惑いを覚えている。  このコラムは他人を意識して綴ってきたつもりだが、今となっては自分の記録としての価値しかないのだろう。その意味では、もう少し頻繁に書き綴るべきかもしれない。あまりにも多くの情報が身体を通り過ぎていくたびに、ささやかな思いや感情の突起が腫れ物のように現れては消えてゆく。その刹那を記録する術はないが、少しでも「形」にして残すことを心がけよう。  今年、政権交代がようやく実現した。半世紀にわたる自民党政権が、歳若い民主党に席を奪われた。ほんの少し溜飲が下がる思いだ。昔流にいえばプロレタリアートだった幼少期から青年期の家庭で、小学生の頃に当時の「社会党」を支持したいという気持ちがあったのを覚えている。家庭内の諍いは、ブルーカラーであった父親の立場から生じていると信じていた。人間平等、社会平等、人の努力と才能、知的障害、親と子、学歴・・さまざまな思いは小学生には強烈かつ重過ぎるテーマだった。と今は思える。  
2007.9.22
第34回 太極スタイル
 何年ぶりだろう・・・雑誌を編集した。2年前から企画を始めた太極拳と東洋文化を紹介する一般雑誌である。家内に「太極拳のサークルがあるんだけど、やってみない?」と誘われたのが3年前。所沢に移住して12年、スポーツ施設がないことを理由に、身体を動かすことをしていなかったことで、ふたつ返事で誘いに乗った。17歳で椎間板ヘルニアを患って以来、10年ごとに再発してきた持病に加えて病名不明の膝痛を数年前に経験していたこともあり、動きのゆったりとした太極拳は私にはうってつけだと思えた。
 歩いても5分くらいの近くの公民館で、毎週土曜日に2時間の講習を受け始める。当初、まったくわからない型(形)に戸惑いながらも、見よう見真似でサークルのみなさんの輪に入らせてもらった。どこが身体にいいのかわからないものの、「おお、これはブルース・リーの映画に出てくる動作に似てるぞ」などと興味は覚えた記憶がある。若い頃、キックボクシングや空手や中国武術に憧れていたのが、某歳を過ぎてむくむくと気持ちだけだが興味を再発させた。
 半年ほど続けていると、興味は気持ちから身体に変わっていき、その奥深さと健康スポーツとしての良さに気づき始める。さて、そうなると欲が出てきて本も読みたくなり書店に行くと、書籍はあるのだが雑誌が無い。書籍は難しい(堅い)し高いので気軽に読める雑誌があればと思ったのだが、どう調べても無い。
 ということで、無いなら作ればいいじゃないか、と思ってしまった。しかし段取りが必要である。まずは、自分が習っているサークルの上の方の団体で総元締めはどこかと調べると、日本武術太極拳連盟という公益法人であった。そこでは級段の資格検定を行っており、計画として、まずは1級資格を取ろうということにした。1級は二十四式太極拳をひととおり演じられ、普及指導員の資格試験を受けられる段階である。問題は、1級を取るには2年半以上の練習経験がなければ受験資格が無いということだった。雑誌企画はすぐにでも出せるのだが、連盟本部に行って「素人ですが雑誌を作るので協力してもらえませんか?」などとは言えっこない。ジッと2年半の練習をこなし、1級を受け、合格証書を手にした1週間後に連盟に電話を入れた。
 「以前にテニス雑誌の編集をやっていたことがある者ですが、太極拳雑誌の企画でお話しさせていただけませんか?」
 一介の太極拳愛好者である私と会ってもらえると聞いて、小躍りした。もちろん自分で雑誌を販売できるわけではないので、出版社探しもそれからという段階だった。積極的というわけではなかったが、良い雑誌になるのであれば協力できる可能性はあるという連盟の温かいお言葉をいただき、すぐに出版社探しを始めた。運良く、2ヶ月後に企画を認めてもらえる出版社に出会い、具体的な話になったのが今年の5月。若干、出版社側の意見と自分の意図とは食い違いもあったが、ほぼ記事企画は想定範囲内の形におさまった。
 この「太極スタイル」が10月4日に発売になる。書店ではスポーツ雑誌コーナーではなく、健康雑誌の棚に置かれると思う。読者対象は30〜60代の女性がメイン。150万人といわれる太極拳愛好者の7〜8割が女性であることが理由だ。しかしながら介護予防に効果絶大だといわれる側面もあり、高齢の両親を持つ男性諸氏にも読んでもらいたいという気持ちもある。残念なことがひとつ。出版社も損はしたくないということもあり、いきなり月刊や隔月刊というわけには行かないし、今回は赤字が出ない定価づけになってしまった。売れ行きが将来見込めれば、定価はもちろん下げられる。今は、10月下旬に出る売れ行き調査の結果が気になってしかたがない。
 そんなわけで、1冊でも多く売れるように久しぶりのコラムに書いたというわけ。藁にもすがるという気持ちかな・・・(弱笑
2006.10.12
第33回 作家・西谷史
 シップスという会社がある。会社の始まりは作家のプロデュースの請負だ。契約作家第一号(と言葉は悪いが)は、知る人ぞ知る「女神転生」の著者、西谷史である。不肖、私、渡辺我人は第二号と記憶している。ただし私は文章書きの世界ではダメ印を押され、ゲームデザイナーとしてお世話になった。シップスの元代表・井上堯男氏の業績として、みなさんにわかりやすいのは「動物占い」だと思う。そう、シップスがプロデュースしたものだった。一世風靡した「動物占い」も、今となれば跡形も無い。それでも今日の多種の占いは、ここが原点には違いない。
 さて、西谷氏の話をしたい。彼は小説家であり、かたや占い師の肩書きも持っている。と、簡単に書くと<わけのわからない人物>と思うかもしれないが、そうではない。<そうではない>というのは、<尊敬>という意味に等しい。私は評論家ではないので(それだけの器量がないという意味も含め)、だいそれた人物評価はできうるべくもないが、彼の著作を読めばその人となりは見えてくる。
 最近、感動したのは「タイム・ダイブ1986」という小説。まずは読みやすい。文章法なのかどうかはわからないが、読みやすい。読書が苦手な私でも数時間で読み通した(ちなみに、いつもはどんな短編でも2日3日かかる)。それから、これが一番大切だと思うのは、読者(おそらく10代〜20代をターゲットにしていると思う)に対して、お仕着せのない啓蒙をしていること。タイトルどおり「時間を超越する」というフィクションや「ゲーム草創期」を題材にして若者を惹き付けながら、歴史の局面を垣間見せる。あるいは現存する事物に対し、その意味を伝えようとする。西谷ワールドの真骨頂だと思う。(なんか、評論的な書き方だなぁ。ごめんなさい)
 私の知る西谷史は、とにかく努力家であり、取材力がすさまじい。もともとの才能+努力と勤勉は、どうあがいても私は足下にも及ばない(チクショウ、苦笑)。でも酒だけは負けないゾ(笑)。
 ひとつだけ彼に弱みがあると思うのは、関係した人間に義理人情を感じすぎるところだ。卑下するつもりはないが、私のヘキサイトというゲームについても、彼は小説に登場させてくれたことがある。とてもウレシイことではあるが、無理に題材にさせてしまったようで、逆に申し訳なささを感じている。
 とにかく、西谷氏と出会えたことは、私にとって貴重なエレメントなのだ。不甲斐ない日常生活を送ることが多くなったこのごろ、特に彼の存在が大きな刺激となっている。万が一、私が今後飛躍できたとしたら、彼のおかげだといえる。
 最後にちょっと暴露。西谷史はカラオケで、ときどき暴走する・・・
2005.4.1
第32回 今こそ語り部になりましょう
 団塊の世代と呼ばれる皆様へ。あなたがたのお子さんは、80年代後半に「ファミコン世代」と呼ばれる国民になりました。その呼称に個々意見はあると思いますが、今や彼らも立派な社会人ですよね。しかも、これからの日本を造っていく年頃になっているわけです。国内はもちろん世界の中の日本に問題が山積している今日このごろ、あなたがたは何をお子さんに伝えてきましたか? 「俺らは国を相手に学生運動で自己主張したんだ!」なんてことだけじゃ・・・ないですよね? イデオロギー時代が終焉を迎え、2極対立(冷戦)も終えた今、経済を中心に新たな競争社会になっています。「何を視点にどう考えるか」、それが今一番足りないと私は思っています。団塊の世代のみなさんは、その後社会に揉まれ、理想と現実を体験してきたはずです。その歳にならなければ見えないものも見えていると思います。その経験を次代の人たちに伝える(サジェスチョン程度かもしれませんが)ことはとても大切なことだと私は思います。多くの方が「挫折」を体験されたとは思いますが、それで社会に迎合しているだけでは寂しいです。確かに理想と現実は違っていたかもしれませんが、そのときの「視点を持つ」という考え方が間違っていたとは誰も思わないはずです。お子さんに一度聞いてみてください。「君の今の視点は何?」と。視点の是非はともかく、まずは明確に答えられる人がどれだけいるでしょうか? また、その視点が身の回りのことでなく社会的なものであることは期待できないでしょう。個人の生活は最重要ですが、それだけでは日本株式会社は良くなりません。そこで働いている人々の生活も良くはなりません。今こそ、団塊の世代のみなさんには語り部になっていただくしかありません。もう一度、情熱をそそいだ頃の気持ちを掘り起こして、お子さんたちに、熱く語りかけてください。理想と現実を体験したあなたがたなら、広い視野のもとに次代の人へ贈る言葉はたくさんあるはずです。温故知新は、将来もなくなることのないことわざです。

2005.3.22
第31回 一緒に土下座しませんか?
 そもそもバブル崩壊を総括していないことが、一般にしてもメディアにしても怠っていたことを我々は反省するべきです。ライブドアの仕掛けた技は、当然ある姿だと言えます。これは株式がわからないというレベルではなく(私自身、まったく知識は無いのですが)、資本主義という古い言葉かもしれませんが、お金の流れを意識すれば、より資本力のある団体が吸収&増大するのは当たり前の社会論理であると思います。とはいえ、私自身は大資本に今でも立ち向かっている立場の人間ですが(苦笑)。  インターネット社会は、それこそ10年以上前から大きな動きを見せています。みなさんご存知かとは思いますが、元々アメリカの軍事目的と大学の研究成果に拠るものです。私自身は、アカデミックな利用について・・つまり知識欲や探究心をさらに伸ばすのにとても便利なツールだと当時思っていました。言語の壁はあるにしても、海外の大学の図書館を無料で閲覧できるわけですから。私の時代には考えられない資料収集ができるわけです。  さて、「土下座」の意味は、言い方は難しいのですが、たとえばカルロス・ゴーンさんが日産を回復させた手法を例に挙げれば、「日本人の経済感覚を否定する」ことから始まっているように思えます。長年、経済大国と羨ましがられた日本にいて、ともすれば何もしていないにもかかわらず、その席に座っていることで満足していた我々にとって、強烈な刺激であったはずです。しかしながら、そのことに気づかない自分がいます。  私は堀江さんの行動は純粋な経済活動だと思います。そこに日本人の定理があり、それにそぐわないという言い方があるとすれば、それは、まず土下座した後に言わなければなりません。心情的には日本の伝統を守るという美しい言葉で処理をしたいのですが、情報産業という地球全体を対象にしたときには、日本独自の美学は通じません。企業論理(あるいは倫理)の遂行は、あくまでも利益追求による会社の拡大(=社会貢献+労使の満足;と言い切りますが)ですから。  もうひとつ「ビジョン」にこだわるコメントが多く見られます。ホリエモンにはビジョンが無いから・・と言っている方々、あなたがたにビジョンはありますか? と、ここまで言うからには私なりのビジョンを言わせていただきますが。 メディアの未来の役割は、2大政党と同じ意味です。政権に組するメディアと反対するメディアの2方向です。地球規模で情報が共有できる現代および未来社会では、メディアの位置づけも端的に方向性が問題視されると予測できます。まだ余力のある日本で世界に対抗できる企業を育てるためには、現状の企業を存続させるだけでなく、未来に向けた新風を育てる大きな懐も必要かもしれません。  超長い文章になりましたが、一緒に土下座(決して政治家のパフォーマンスでなく)をしてみた後に、ちゃんと考える時期ではないでしょうか?

2004.12.26
第30回 アジアを見つめて
 イラク紛争で世界の中の日本の在り方が問われている昨今ですが、ご近所との付き合い方も重要な課題です。先進国の経済圏として、アメリカおよびEUが台頭しています。しかしアジアはというと、なんとなくまとまりが無いような気がします。日本は欧米経済圏の住人なんでしょうか? もちろん中国への企業進出など民間ではアジア圏での経済活動を重視していると思えます。国としてはどうでしょう? 政府の動きを見る限りでは、欧米を意識し過ぎた言動が多いような気がします。あまり大きな声で言うことではないですが、同じような顔をしている人たちともっとお付き合いをしてもいいのではと思ってしまいます。  ただし北朝鮮問題の解決は必要です。国交正常化のレベルまで行くのは、まだまだ時間がかかりそうですが、いずれにしてもアジア経済圏の一国として参加してもらう方向には行ってほしいですね。彼の国の一般民は、現状の日本や日本人を良く知れば、いろんな意味で理解を示してくれるでしょうから。  米・欧・アジアの三経済圏がうまく噛み合えば、しばらくは戦争の危惧なども減るのではと短絡的に考えています。  話は変わって、日本の教育度(レベル)は世界のトップから相当落ちてしまいました。これは国の政策だけを論じても仕方ないところで、教育現場や家庭での議論を増やしていかないといけないでしょう。つまり個別のテーマを挙げて何が悪いと言えるものでなく、多くの要因が折り重なって生まれていると思えるからです。「教育レベルの低下」「モラルの低下」「登校拒否」「学級破壊」「ひきこもり」「家出」「麻薬」その他もろもろ、ほんの30〜40年前まではほとんど見られなかった光景です。時代背景と個々人の生活や考え方の変遷の中に、いくつもの要因が隠されているはずです。我々おとなは、自らが落としていった「社会のゴミ」を今拾いなおして手に取って考えてみる必要があるのでしょう。  未来の日本、これからの世界を真剣に思うならば。

2003.11.25
第29回 ポケットパズル!?
 ずいぶん更新しませんでしたが・・・まずは宣伝から(ナンノコッチャ?)
 長〜い下積みを経て、ようやく日の目を見ることができたのが、今月12日からサービスインしている携帯電話用ゲームサイトです。スクウェア・エニックス社と共同で制作したパズル系専門のサイトで、名は「スクエニ・ポケットパズル」。現在はボーダフォンライブ!とEZの公式サイトで提供しています。
 かの名作「ルービックキューブ」をはじめ、おなじみ「ヘキサイトES」ほか、我らGUで7タイトルを開発しました。ほかに「Xi」で強烈デビューしたシフトさんとか、「グンペイ」のコトさんが現在参加されています。スクエニさんの意図としては、名だたる(ウチも?)クリエイターを集めてオリジナル作品の競作をさせたいそうです(^^; ま、私としては願ってもないことなのでヤッタローじゃん、という気持ちでいます(正直言えば、1年がかりのプロジェクトで少々疲弊してはいるのですが・・・笑)。まだ、これからiモード版の開発とリリースが待ち受けているので、当分は作業に追われてしまいますが、とにかくオリジナル作品をバンバン企画させていただこうと思っています。
 ところで、自分で作っておきながらナンですが、携帯でゲームをするって少し前までは「あんな小さな画面で、しかも処理が遅くて、大丈夫なん?」とか思ってたりして・・・。ところが、けっこうこれが遊べるんですねぇ。ただ、古い機種は特にですが、処理の遅い端末には泣かされています。容量的には50KB程度のソフトですが、端末ごとに仕様がバンラバラな部分もあり、馴れていないプログラマーには酷な仕事だったと思います。それでもパズル系専門の私の企画は、携帯ゲームには合っているのでしょう。さんざん貯めてきた企画を、ここらへんで大放出!しちゃうつもりです。ただ持っていたって意味ないもんね。
 というわけで、しばらくは携帯電話に囲まれて暮らすことになりそうです。
 そうそう、デバッグが大変な時期に、電車の中で何台もの携帯をカバンから取っかえひっかえ出し入れしてたとき、周りの人にウサン臭そうに見られてしまいました。け、けっしてサギとか犯罪まがいの商売とは違うんですよ、と心の中で叫ぶのですが、客観的に思えば怪しい人なんです。外ではデバッグしないようにしましょう(笑)
 今年も早、クリスマスや正月が近づいてきました。例年のことですが、羨ましそうな目つきに今年こそならないようにしたいなあ。ま、忘年会や新年会があるので酒が飲めそうであることは、とてもウレシイです。
 お誘いがたくさんありますように(^^;

2003.04.14
第28回 戦争と平和
 米英連合軍とイラク軍との戦争がつづいています・・・
 アジアでは、北朝鮮の不穏な動きに警戒を強めています・・・

 世界の平和を願うとき、武器の廃棄は絶対条件です。
 武力に対して武力で対抗するのは必要条件かもしれませんが・・・

 平和とはなんでしょう?
 自分がいて家族がいて、隣近所の知り合いがいて、地域があり、国があり、世界がある・・・
 基本的な構造ですが、そこに抜けているのは「知人・友人」です。
 地理的なつながりは生活する上ではとても重要なことです。が、そこにはエゴがはびこり、宗教的な影響も含め集団意識が生まれます。その集団意識は、ともすれば排他的になりえます。
 友人には地理的境界はありません。ただし外国に友人を作るためには、多少、言語の壁を乗り越えなければなりません。日本を含め、世界で「英語」の通じない国は少なくなってきました。きっかけさえあれば、片言の英語で会話をすることは可能です。
 では、そのきっかけをどうするか? 必要がないのに、わざわざきっかけを作るのはたいへんです。
 たとえば、共通の趣味があるとしたら、それはきっかけになります。あとは出会いだけです。出会いは偶然だけではなかなか実現しません。積極的に出会いを作る必要があります。

 平和な世界をつくることは、ひとりひとりの積極性が必要なのかもしれません。
 戦争反対のデモに参加することも、ひとつの方法です。しかし、それは受身の積極性です。戦争が起きる前に「戦争を起こさない」努力が必要なのです。
 政治は現実を無視することは困難です。現実に武器や軍があれば、それらは必要悪でも「必要」だからという前提でしか考えません。
 国際連合でさえ、武器は否定していません。
 であれば、武器のない平和世界をつくるのは、国ではなく個々人の意思しかないように思えます。

 仕事の付き合いではなかなか友情は育まれません。やはり趣味や余暇を共有することが手っ取り早い気がします。スポーツでも音楽でも、そしてゲームでも、どんな形や方法でもいいのです。インターネット社会が進展する中で、そのうちでもゲームは入りやすい趣味であり世界共通のコミュニケーションツールかもしれません。年齢・性別・言語などが壁にならないことも大きな要素でしょう。

 そんなことを思っているのは私だけではないはず・・・・・・
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 2003.02.03(節分の日)
第27回 介護はどうする?
  高齢化社会は長寿国日本にとってまさに至近のテーマです。高齢化の裏返しは少子化です。人口増加問題が30年ほど前には取りざたされていました。日本および中国やインドなど、人口増加に対するある意味の危機感が存在し、特に中国やインドでは少子化を政策として行ってきました。が、日本は自然に、というより高度成長時代が終わりを告げると同時に、 経済不安つまり生活不安も加味して出産は減少傾向にあると思います。昔でいう「団塊の世代」の子供たちは、今や結婚適齢期になっていますが、彼らに日本の将来の不安があれば、少子化はやむを得ない状況です。
 さて、事は現在からそれほど遠くない間の話に戻りますが、いったいぜんたい、日本の高齢化社会はどうなってしまうのか、政府および全国会議員のみなさんに、具体的なシステムが見えないことは不安どころか脅威に感じてしまいます。姥捨て山の物語(否、実際にあったと聞いています)が、現実に起こり得ないと言い切れない怖さを感じます。現に、年金を蓄えない(納めない、または納められない)国民が増えているのだそうです。しかも若い世代に。かたや、親の面倒を見るという昔ながらの(あるいは人間として当たり前の)システムが崩壊しつつあるという危惧も感じられます。
 自然の摂理を前面に考えると、確かに次世代の人々を中心に考えることも必要かもしれません。しかし、それが一般通念になったとしたら、それはとても怖い世の中になる可能性があります。極端に言えば、怖くて子供を産むことをためらうことにもなりかねません。すべては地球上の一生物として、人間社会のバランスが大事なのでしょう。そのバランスとは、個々の国々の状況や宗教観念などで微妙に差異があるとは思いますが、基本的な「生命の尊厳」は失くしてはならない考え方です。
 前置きが長くなりましたが、高齢化社会というテーマだけでなく、「社会」という複数の人間関係を平和的に維持あるいは進展させていくために、今日の子供たちへ大人はメッセージをきちんと送っているでしょうか? 国会で討議されている内容は、経済を中心にした(つまり国に金が無いという)話ばかりで・・・もちろん、それも現実的には重要ですが・・・どういう社会を次世代に残していくのかという理念が我々一般国民に見えてきません。
 そこで、短絡的ですが、私個人の意見としてアイデアを挙げてみます。
 「16歳〜22歳の間に、1年間の社会奉仕を義務付ける」
 社会奉仕と言っても、多岐にわたります。介護、リサイクル、清掃など地方自治体が関与できるような「場」での活動もそうですが、一般企業や教育現場などでサービス部門や体験教育などに従事するようなケースも含めていいような気がします。その1年間の奉仕活動を、学校在籍であれば「単位」として、あるいは次のステップに対する内部評価書に加えてはどうかと。世界にはまだまだ「徴兵制」なるものが存在しますが、国を護るために「武力により国力を養う」のではなく、社会を新構築するための「徴奉制」が日本には必要なのではないでしょうか。権利が横行している日本の現状には義務を対価として再認識しなければならない時期にあると思います。
 ・・・ゲームをする権利に対し、勉強する義務を、我が子供たちに説得することから始めなければ(^^;;;
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2002.10.16
第26回 ゲームは子供の脳に良くない・・・!?  
約2年前の日経ヘルスの記事から―米国ワシントンで開かれたアルツハイマ−に関する国際会議で、ケ−スウエスタン大学医学部(米クリ−ブランド)のアミ−ル・ソアス博士の話「(予防するのに)最も重要なことは、“読んで、読んで、読みまくれ”、ということだ。クロスワ−ドなどのパズルもいい、チェスやスクラブルも結構。外国語を学ぶ、新しいホビ−をマスタ−する、などなどみんないい。どんなことでもいい、考えることで脳に刺激を与えるのが一番だ」。また、「テレビを見るのはよくない。テレビを見ている間は、人間の脳のスイッチはニュ−トラルに入ってしまう。つまり、何も考えなくなってしまう」―
 結論として―脳は筋肉と同じだ。使えば使うほどシャ−プになり、使わないと若い脳でも老化する―で会議は締めくくられたそうです。
 最近、日本国内では「ゲームは子供の脳をダメにする」という話題をよく聞きます。確かにうなずけるところはあります。ゲーム業界の一員として不評を買うかもしれませんが、反射的あるいはパターン的な要素の強いゲームは、脳をあまり使わない気がします。もちろん、たまにストレス発散するのに格闘ゲームをするんだ、というなら結構なことですけどね。
 「どうせ、自分の作品宣伝をするつもりなんだろ?」と思われるので先に「そうです!」と言ってしまいます。そーーーなんです、だからパズルやボードゲームで遊んでほしいのです! もちろん、そればっかりでも疲れてしまいます。脳を使いすぎても、またそれはそれで問題が出るでしょう。上述のソアス博士は「脳と同時に肉体を鍛えることも大事だ。脳力と体力とは密接につながっている」とも言っています。ゲームは適度に遊べばいいと思うのですが、子供はなかなか自制心が働きません(一部の大人もそうかもしれませんが(^^;)。1日1時間と約束しても、足りないと不平を言う子供たち。無理に止めさせるとストレスを溜めてしまう。そんな苦労をしている親は多いと思います。
 たとえば「ヘキサイト」のように、1プレイ20分のゲームを子供と一緒に2、3回遊ぶとどうなるでしょうか。僕の家の子供たちは、それでけっこう満足して、その後は違うことを始めます。もちろんすべての家庭でそうなるとは言えませんが、少なくとも子供たちの気持ちはある程度「満足感」に浸されると思います。
 脳の話からは外れますが、親子で遊べるゲームというのは、これからますます大事になると、僕は常日ごろ吹聴しています。そのひとつの理由は、親自体がゲーム世代になり始めているからです。僕自身もファミコン草創期から遊んでいたひとりです。「ド○クエ」などは夜明かしして、妻に呆れられたものです。だから子供がゲームにハマル気持ちはよくわかります。なんと言ってもオモシロイわけですから。つまり、ゲームを与えないというのは現実的には無理が生じます。であれば、積極的にゲームを与えられるようになればいいわけです。そこで親から「これ遊ぼうよ」というゲームソフトを子供にプレゼンする。まあ、子供は子供で欲しいゲームがあるはずなので、尋ねるとNOと言われることが多いでしょう。だから勝手に購入して、「おい、一緒に遊ぼうぜ!」と強引に引き込む・・・
 と、まあ言いたいこと言ってますが、みなさんはどう思われますか?

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2002.9.13
第25回 12連発行きまっせ!
 9月4日に、GUの企画・開発によるオリジナルゲームの新シリーズがスタートしました。発売元はソニー・ミュージックディストリビューション(SMD)です。シリーズ名は「BrainBusterSeries」(ブレイン・バスター・シリーズ)。Windows版で各一律1000円という格安値(と自分では思ってる)。3ヶ月おきに4タイトルずつ、とりあえず12作品は出してもらえそうです。
 今回の第一弾は「ヘキサイト」「ロクレン」「モノパス」「チェイン」で、モノパスは「モノーパ」と同一内容ですが、ランキング登録を付加しています。また、チェインは「レン」と同一内容です。商標というのは面倒で、そのままオリジナルのタイトルを使えないという結果で変更せざるを得ませんでした。
 シリーズを通して、その名のとおり「脳みそに刺激を?」というSMDさんの意向もあり、ボードゲーム系が多くなると思いますが、僕としては「家族で楽しめる」を念頭に置いています。
 よくよく考えてみると、ひとりの企画をシリーズで展開するというのは、けっこう世界的にも画期的だったりします。そんなことを思うと、武者震いが止まりません。「エライことになってもうた」というのが実感だったりします。うれしいやら怖いやら、とにかくGUブランドとしてもガンバラにゃーということです。1000円ソフトなんて、たいしたモンじゃねーだろ・・・なんて予想をひっくり返してやるー! と、ひとり意気込んでいる今日このごろです。

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2002.7.9
第24回 ジタバタと信念のはざま
 前回のコラムから4ヶ月と少々。ずいぶんとジタバタしながら生活してきました。依然我が日本は経済が低迷・・・ワールドカップが息抜きをさせてくれたものの、目を戻せば苦境の底。それでも多くの日本人がそうであるように、希望の光を求めて前向きに生きていく気持ちは保持していきたいところです。
 昨年の夏から、知り合いの会社に勤めてゲーム制作以外の仕事をしてきました。10人弱の小さな会社ですが、それぞれ能力も魅力もある仲間とともにがんばってきました。しかしながら、残念なことに少しずつ離れていく結果になってしまいました。自分の力不足を痛感してしまいます。ここにきて、昨年から交渉をつづけてきたゲームシリーズ化の話がようやくまとまりそうです。信念をもってゲームづくりを進めていけることに、精神的な喜びを隠し切れない思いですが、かたや去っていった仲間たちと喜びを共有できないことは、どこかに心を置き忘れたような空虚な気持ちにもさせます。
 現実的な生活の糧のための労働と、信念という精神の糧のための労働と、今思い出してみれば社会に出てから常にそのはざまで生きてきたような気がします。いつになったら一つの「労働」に集約できるのか、とにかくガッツで行くしかないでしょう。労をともにした人は、人生の中で一期一会を共有できる仲間です。いずれ、また、同じ列車の隣席につけることを願いつつ・・・。

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2002.2.24
第23回 文化を遊び尽くすことが・・・
 「千と千尋の神隠し」の金熊賞受賞、日本が世界に誇るアニメというだけでなく、宮崎監督のメッセージが世界の共感を呼んだという意味で、とても興味深い。細かな分析はファンや専門家にお任せすることにして、ほんの一部の感慨について思うところがあります。10年一昔も前から、宮崎アニメのゲームを作りたいという要請が各メーカーから出ていました。でも、宮崎さんは常に「NO」でした。ある意味で「手」による制作でない「機械」による表現を嫌っていた感があります。どの分野でもそうですが、機械で作る「物」には「人間の暖かさ」は欠けるものです。その代わり、「人間にできない」表現ができることもあります。こだわり続けてきた宮崎監督も、「手」だけのセル画から「機械」を合成させる道を選んでいます。そこに、僕はメッセージへの執着を強く感じます。アニメという世界が、単にエンターテインメントとしてとらえられていた過渡期から、芸術作品として認知されるために、僕は宮崎監督は信念を曲げたのだと思います。あるいは苦渋の選択だったのかもしれません。しかし、「ナウシカ」から脈々と宮崎世界は芸術作品だと僕は思っています。少なくとも、宮崎さんのメッセージは昔から世界に通じるものだと信じています。そういう意味で、今回の受賞は個人的にもとてもうれしい。
 さて、15年近くゲーム業界に足を突っ込んでいるわけですが、これまでを振り返り思うところがあります。ゲームメーカーは新しいハードが出ると、その機能を最重視した作品を出してきました。「ポリゴンでグリグリ動くもの」とか「よりリアルな世界」とか・・・それを横目で見ながら、僕は対極にある(と信じている)アナログ世界でのゲームに固執してきました。メッセージとして「親子ゲーム・ファミリーゲーム」をめざしているわけですが、どこかにハード志向に背を向ける姿勢だったように思います。
 考えてみれば、文字・絵・音というゲームの要素は「文化」そのものです。それに、プログラムという「機械」がある意味「生命」を吹き込んでゲームはできあがります。もちろんプログラムも人間が打ち込むわけで、それぞれプログラミングにも個性があります。その個性を「文化」としてとらえれば、すべてが文化なんだなあ、と思います。「もの」づくりで大事なこと、それはやはり「メッセージ」だと改めて思います。文字・絵・音・プログラムを、つまり文化をもっともっと作る側も遊び込んで消化してこそ「伝わるメッセージ」の糸口がつかめる気がします。こだわりで伝わるものと、こだわりを捨てて伝わるものと、誰に、どうして伝えたいのかという個々の思いを同じ器に投げ込んで、芽がどこから出てくるのか(あるいは出させるのか)、今、考えなければならない時期です。

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2002.2.17
第22回 ヘキサー団が「小学六年生」に登場!
 「新年度に小学6年生になる諸君! オイラたちの活躍を見たけりゃ<小学六年生・4月号>を買うんだぜ!」……とトンペイが申しております。え? トンペイって誰かって? このページのいちばん上にいるキャラクターです。ほかにサルトルやミーシャも登場しています。なんでも、彼らたちの町「ワンダーランド」もパソコンやネットが盛んになりそうな気配なのです。
 ヘキサー団とは、ワンダーランドで暮らす8人(?)の仲間たちのチーム名です。ヘキサーはリーダーのドラゴンの名です。ついでですので、ワンダーランドのことを少し解説させてください。(ちなみにワンダースワン版「ヘキサイト」に彼らたちは登場していますが、ワンダーランドの地名とはまーったく関係ありません)

 ★ゆかいな国ワンダーランド
 東の山の端からボッカリと太陽が顔を出すと、ワンダーランドの住人たちは生き生きと動き出します。ワンダーランドは周囲を山々に囲まれた丸い土地で、それぞれ森や湖に隔てられた5つの街が散在しています。いちばん大きな街は、北側の山麓のちょっと小高い丘の上にある「ノルターニャ」。ここには古いお城があり、大きな鐘の塔が旅人の道標ともなっています。次に大きな街はワンダーランドの東側に位置する「エストール」。すぐ東側には山々がそびえていますが、それほど高くはありません。でも、冬の夜明けは10時を過ぎてからといいます。ここの住人は夜行性の生活を好んでいるようです。3番目の街は、やや西側に位置する「ウエスタカン」。周辺近隣には森も湖もなく、砂漠の中で唯一のオアシスを中心に住居が取り囲んでいます。近くの山が金銀の鉱脈であることで、各街から人々が集まってきてそのまま住んでいるのです。4番目の街は「スド」。ランドの南、最大の湖の南東側ほとりに位置します。5番目の街「スドニータ」は、ちょうどスドと湖をはさんで反対側に20軒ほどの家が集まっています。スドには工芸士たちが多く、スドニータには漁師や猟師が身を寄せて暮らしています。
 ところで、ワンダーランドのまんなかに広がる森に、黄金の街があるというウワサがあります。探しに行った人もいるようですが、戻ってきた人はいません。そんなわけで、誰が言うともなく「魔境の森」と呼ばれています。みんな恐れて森の奥深くへは足を踏み入れないようになりました。

 てなわけで、本も含めて、これからの彼らたちヘキサー団の活躍をご期待ください。(って小学生のお子さんによろしく)

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2002.1.6
第21回 はがきの切手
 今年は年賀はがきの切手部分の絵が「重箱」でした。箱のスッキリした絵柄に比べ、中身のオセチ料理の絵が貧弱で好対照(笑)でした。
 ところで、最近耳にしたことで「ああ、やはり」とうなづけることがありました。中国では、はがきの切手部分の絵をプリクラ(って覚えてます?)のように選んでプリントしてもらえるようになったそうです。去年の暮れ、素材集を発売している某会社の社長と仕事の打ち合わせをしていたとき、たまたま話の流れで僕が話したことだったのです。つまり、日本で郵便事業の民営化が議論されていることで、「せっかくグラフィックの素材がたくさんあるのですから、たとえば郵便局にプリント機械を置いて自由に絵柄を選べるように国に提案したらどうでしょう?」と。
 やはり考えることは同じなんですよね。アイデアは早く具現化した者の勝ち。もしくは特許なり著作権なりを先に取得した者勝ちなんです。日曜のある番組でも、今後の日本の在りかたとして、特許・著作権の大切さを論じていました。日本では、まだまだ「実績主義」が幅をきかしており、いわゆるアイデアだけでは銀行もお金を貸してくれません。国が率先してそうした(まさしく)グローバルな経済構造を打ち出してもらいたいものです。
 今年は昨年よりさらに景気が後退しそうな気配です。しかし、黙っていては何も変わりません。今こそひとりひとりがアイデアを出し、旧弊を打ち破り新たなチャレンジを目指す時だと痛感します。そして、それには政府のドラスティックな指針と行動力が必要でしょう。民間のアイデアを国がバックアップして国内および世界の市場で飛躍できるように・・・ほんとに、キチンとやってもらいたいものです。
 さて、僕の方は、ゲームのアイデアも貯まっているわけなんですが、そんなわけで銀行は見向きもしてくれません。できることなら自分の資金で製品化して販売したいのですが・・・。それでも某パブリッシャーさんが興味を示してくれているので、ひょっとしたら世に出せるかもしれません。アイデアは生ものですので、早くモノにしないと腐ってしまいます。ましてや同じようなモノが他から先に出てしまっては、悔やみきれませんからね。
 とまあ、新年早々からグチっぽくなりましたが、「期待」「夢」の心を失わず前向きに今年一年を過ごしたいと思っております。初心忘るべからずで、「E=MC2」(Evolution=Mind×Creation×Calculation)の気持ちで創作に挑みつづけます。
 最後になりましたが、みなさん新年明けましておめでとうございます。良き一年となりますよう祈念させていただきます。

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2001.12.29
第20回 年の瀬に 2001
 ハリー・ポッターが旋風を巻き起こしています。ほとんどの人は本または映画で知っていますよね。本を読まれた方は、一切カット(絵)が入っていないことをどう思われているでしょうか? 舞台はイギリス、日本とは文化も風習も異なります。であれば、絵のある方が子供たちには理解しやすいように思えませんか? 僕は、この絵のないことを素晴らしいことと思っています。なぜなら、想像力を楽しめるからです。子供たちはどんなにか豊かで柔軟な想像力を駆使していることでしょう。それを思うとワクワクしてしまいます。「ネバーエンディング・ストーリー」のシーンを思い起こさせます。
 最近、宮元茂さんの話を聞く機会がありました。彼は「これからのゲームはユーザーがクリエイティブになることが大事」と語ってくれました。つまり、僕なりの解釈では「ハリーポッターと賢者の石」の本と同じ感触を持ったわけです。こじつけて言うわけではありませんが、CGたっぷりのゲームとは対極にある僕流の作り方で、是非実現してみたいものです。
 2001年もあと数日で過去の年となります。ほんとうに大変な1年でしたね。いや、まだこれからがさらに苦難の道なのかもしれません。ただし、みんなが暗闇に目を向けてしまうことは怖いことです。光を見いだすことに目を向けたいものです。少なくとも子供たちは、そうあって欲しいと願います。そしてそれは僕も含め大人の責任でもあります。
 心を込めて、そして意志をもってA HAPPY NEW YEAR ! 来年もよろしくお願いします。

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2001.10.28
第19回 新世界は遠いのか?
 会社の窮状に追われて9月に入り、そしてあのテロ事件。自身のことで精一杯ながら、米国および日本そして諸外国のテロへの対応も気がかりで、いつのまにか10月も終わり近くまでコラムを更新しないでいました。
 日本国内の経済不安は一向に解消されないまま、テロの影響で米国の市況も下降しさらに日本経済が打撃をこうむる形になってしまいました。こうなってみると、いかに日本という国が下支えのない経済構造をしているかが明らかになりますね。緊急対策も必要最低限実施しなければならないのでしょうが、やはり本気で構造改革に取り組まなければ日本崩壊のカウントダウンが加速する気がしています。日本がいかに世界の問題意識とかけ離れた空間にいたか、今回の戦争の根本問題を知ることで徐々にですが確実に見えてきます。南北問題、地球環境問題、宗教問題、人種問題、さまざまな問題が政治そして経済活動と複雑に交差しながら現代社会を覆っています。
 ほんの少しでも、コミュニケーションの輪づくりに役立つようにと願ってゲーム制作の場に入った僕ですが、なんと非現実的な思いであったかと恥ずかしいかぎりです。あるいは、世界の現実から意識的に目をそむけていた気もします。ベトナム戦争反対を声をはりあげていた若き日に対し、世間知らずであったけれどもその精神の純粋さにひれ伏したい気持ちです。
 ひとつだけ、アフガニスタンの国土ですが、ここ数年の干ばつもあり不毛な大地にしか見えません。以前のコラムにも書きましたが、地球砂漠化(温暖化による)の影響なのでしょうか。日本も含め、天災で困惑している国々への援助の実情はどのようになっているのでしょう? 国内政情不安、国交が無いなどの壁はあるのかもしれませんが、一般市民の食べ物がないという現実に対し、国連および先進国はどのような対応をしてきたのか気になります。
 世界はこれからどのように移り変わっていくのでしょうか? 各国で一般人も含めた「地球の未来」議論がそろそろ熱を帯びてもいいのではと僕は思います。少なくともテロリズムという概念をなくすための努力をしなければなりません。おそらくそれは、地球人類として各人が尊厳を持って生きていくための根本的な議論になることでしょう。どれだけの年月がかかるかわかりませんが、だれもが新世界を切望するとき、真剣な話し合い(戦争ではなく)が持たれることを願うばかりです。そして、それは遠からず有ってほしいものです。おとなが地球の未来に希望を持たなければ、子供たちも希望は持てないでしょう。広大な宇宙の中でチリほどの大きさもない特異な星・地球、生命の営みを育むたぐいまれな星・地球、せっかくそんな星に生まれたのですから、星の一員としてものごとを考えてもいいでしょ?(なんとかご飯が食べられてるから、こんなのん気なこと言えるのかもね) 

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2001.08.05
第18回 「亀王戦」を終えて
 まだ全試合が終了してはいないのですが、前回話題にしました通信対戦ヘキサイトのリーグ戦「亀王戦」で、僕の対戦は終了したのでとりあえず感想など含めて書いてみようと思います。
 まず印象の強かったのは、いつの間にそんなにレベルが上がってるの? ということです。こんなこと言うと主催者のAKAさんや強豪の南雲さんやイカンガーさんたちに怒られるのかもしれませんが(おまえが勉強不足なだけだと)、とにかく参加者みんなが強い! 技をいろいろ持っていて、将棋にたとえれば僕は「矢倉」いっぺんとうなのに、相手は「振り飛車」あり「腰掛け銀」あり「藤井式」などという戦法のバラエティを駆使してる―という感じ。僕の悪手をたまたま見損じてくれたので、なんとか成績は残せたものの、こりゃ大変だと研究に精をださないと原作者としてバカにされてしまう危機にあります。
 とはいえ、奥の深さを研究していただけるユーザーのみなさんには、とっても感謝の気持ちでいっぱいです。元々は家族で楽しんでくださいというファミリーゲームとして広めたいと考えていたヘキサイトですが、競技として盛んになってくれることも非常に大きな意義があると感じ始めています。
 「亀王戦」は今回が第一回大会で、人数も多くはありません。今後、少しずつでも大きくして、ボード版による大会もそうですが、通信対戦での大会を広めていけるといいなと思います。地域の大会から始まり全国大会を催せるとうれしいな。あるいは、個人戦のみならずグループ同士による団体戦トーナメントやリーグ戦も期待したいですね。夢はとにかく世界大会。言語に関係なく対戦できるのがボードゲームの強みであり、今世紀に長く親しまれるようになってくれることを、ただただ願うばかりです。
 話は些末的なことになりますが、亀王戦の自戦譜で僕が負けた対局は、相手の初手が「小菱形」というケースがありました。ヘキサイトのユーザーであれば「え!」と思うことでしょう。意表を突かれただけでなく、実際に応手に困りました。正直に言って、その初手を見て「負けた」と思いました。世の中は広い! ヘキサイトは深い! と思わざるをえない衝撃でした。
 近いうちに携帯電話用の「ヘキサイトES」が、ある会社の専用サイトで公開されることになると思います。ヘキサイトを小さくして手数も少なくしたバージョンです。これはこれで、エッセンスが詰まっており楽しめると自負しているのですが、(その会社に怒られますが)やはり本家ヘキサイトの人間対戦の魅力には勝てないでしょう。でも、機会があったら携帯電話でも遊んでみてくださいね。ちなみに最初は「au」の機種のみです。
 では、夏真っ盛り?ですが、体調を崩さないように仕事・遊びにはりきっていきましょう。 残暑お見舞い申し上げます。

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2001.06.14
第17回 通信対戦しようよ
 なんでもADSLの料金が7月から下がり、これでアメリカ国内よりも安くなるといいます。今はケーブルTV回線でネット接続しているのですが、ここのところサーバーのトラブル続きで困っています。ケーブルTVとはいえ速度は10K前後なので、ISDNとそんなに変わらないかなあ・・・ということで、ADSLにチェンジしようかと思い始めているところです。
 前置きはこの辺にして、通信対戦ゲームの話・・・
 最近、ヘキサイトの(古参の)ユーザーさんが「亀王戦」なる大会を主催してまして、僕も一参加者で通信対戦をプレイしています。成績はともかく、やはり面白い! コンピュータの思考は勝手に変化も発展もしないわけで、その点人間の脳ミソにはまだかなわない。ボード版でいつでもどこでも遊べるのが理想だけれど、北海道や沖縄の人と気軽に会うってわけにはいきません。だから通信対戦。地球の裏側の人とだってチャットしながらプレイできるのだから、これは利用せずにはおくものか、という気になるわけです。
 さて対戦ゲームの楽しみ方なんですが、もちろん前述の競技会のような場所で切磋琢磨しながら実力を磨いていくという方向がひとつ。もうひとつは、パーティゲーム風味の遊び方。2人でなくて3人・4人で遊ぶマルチプレイが、僕としては今いちばんやりたい通信対戦です。多人数参加型ゲームもありますが、けっこうアレって孤独感ないですか? トランプとか麻雀とか数人が集まって遊べるくらいがちょうどイイかな。だって4人くらいならチャットしても混乱しないし、それぞれの個性がのぞけてオモシロイ。残念ながら通信対戦仕様の入っているヘキサイトのユーザー数は、まだ三ケタ。手を挙げてもすぐに4人集まるまでにはいかないのが現状です。「10分で遊べて、満足感がある」という特徴をもっとアピールして、世知辛い不況の今でも十分に楽しめる逸品! とかなんとか誰か有名人の人が言ってくれないかなあ・・・(淋)
 グチはさておき、4人対戦のヘキサイトは「チーム戦」(2対2)が、パーティゲームとして絶対のおススメ! チームの合計点で勝敗を競うものなので、自分のことばかり考えていられない。言ってみればRPGの仲間を助けながらゲームを進めていくのと、ある意味近いものがあります。もちろん人間同士ですから、お互いの協力が必要になるわけです。さらに言えば、お互いのテレパシー能力も問われるわけです・・・(?) 「次は、ソコに置いてくれぇ」と願っていてもパートナーがちがう場所に置いた日にゃ、「あ〜あ、せっかくキミのために置いた手がムダになっちゃったよ」「そんなこと言われても、オレは超能力者じゃねーんだから、わかんないよ」などと、チャット入力することになるわけです。そういう意味では、恋人同士でチームを組むことは避けたほうがイイかもね(^^;
 いつの日かブロードバンド時代になり、顔をみながら声を聞きながらヘキサイトを遊ぶ自分の姿を想像して、今の苦境に耐えている今日このごろです。
 p.s.文中の「亀王戦」はこちらで主催しています。

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2001.05.20
第16回 「地球」って文字が・・・
 政治への関心が非常に高い昨今ですね。3年ほど前から「首相公選制」を思っていただけに、小泉総理のスローガンを一国民として見守っていきたいところです。日本経済の低迷も大問題ですし、今後の外交も重大事、構造改革ひいては政治構造・経済構造の見直しも必要だと思います。小泉総理を中心とした現内閣に大きな期待を寄せる中、う〜ん、何か我々国民もマスメディアも「意識」が偏っていくような・・・??? 何か忘れていることがあるような・・・。そのひとつを、ふと、今日感じたので書いてみます。
 今日20日(日曜)は朝から晴れ。ここ1年半ほど、何やかにやで家族で外出(ちょっと遊びに)していないこともあり、近くの「神代植物公園」に行くことにしました。さて、気温も高いので半そでTシャツ1枚で・・・と着替えたとき、あることを妻に言いました。
「昔は紫外線に当たると元気になると思っていたけど、最近は有害だと言われるようになったんだねえ」
 もちろん太陽光線全部が有害ではないので、ある程度陽に当たることは良いことだと思います。でもね、このままだと昼間外出禁止令なんて未来が来るかもしれない。ああ、そう言えば、「オゾンホール」「炭酸ガス」「環境破壊」という地球規模の大問題は、いったいどこで話題になっているのでしょうね。環境アセスメント?でしたっけ? アメリカが二酸化炭素規制目標値を「認めない」と言うと、一気に世界全体の合意が遅れそうな気配・・・。産業、経済も確かに大事、でもメソポタミア文明の発祥地イラクの湿地帯がこの3年間?(5年間かな?)に10分の1になったそうで、地球の砂漠化が急速度で進んでいるという現実は、かなりショッキングな気がするのは僕だけでしょうか? 数年前から新しい燃料という触れこみで、今までのガソリンとは異なるアルコールを主体にした車燃料が売られています。これは明らかに環境によろしいのですが、ガソリン業界やら管轄省から圧力?(課税という方法も含め)をかけられているという報道を見ました。国会での与野党の質疑応答を最近よく見ますが、今のところ経済・外交・福祉・憲法・・・といった国内問題のみしか焦点が見えません。もちろん一国民として日常生活に密接した話題ですので、大いに議論していただきたいとは思いますが、地球人的な観点からの問題もきちんと話題に挙げてほしいのです。マスコミにも同様にお願いしたいです。新聞・TVの影響力は非常に大きいわけですから。「政治がおもしろい」とか「日本経済の行方」とか「外交問題山積み」とかの文字ばかりでなく、もっと「地球」という文字を大きく扱わなければならない時代ではないでしょうか? 首相公選制、僕の思うこのシステムは、国民ひとりひとりが立候補者の考えに対し賛同・反対できるということです(当たり前ですね)。ついでに、国民有志議会とかも作っちゃってシャドウキャビネット的に政府とやりあうってのもいいかも(言い過ぎ)。
 でも、そのうち小泉首相が「愛は地球を救う」なんて言いそうな気がして、それはそれで、わけわかんないですが・・・。
 あ、ところで、僕、いしいひさいちさんの「大政界」って、とても好きだったんです。そう言えば、チャンネルゼロのT社長とまた大阪で飲みたいですぅ(私信にて失礼)。

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2001.05.07
第15回 がんばれ小学五年生
 5月1日発売?の「小学五年生」の付録に、我が「ヘキサイトES(エス)」のボード版がついています。全国の小学5年生のみんな、よろしくね。ひとつだけゴメンナサイをしておきます。B5サイズの中に盤と駒は入ったのですが、点数コインまでは付けられませんでした。5点・10点・15点の点数を他のもので代用するか、紙でつくるか、はたまたお金で・・・(失礼、違法に近くなってしまうので取り消し)・・・なんとか工夫してみてくださいね。さて、ヘキサイトES、ゲームボーイアドバンス版の「スペースヘキサイト」にも標準装備(^^;)していますが、これがなかなかの優れものなんです。ヘキサイトの半分の手数(9手)ながら、その中身の濃さは本家本元に勝るとも劣らずかも。ゲームソフトは松本零士キャラで、付録は「ゾイド」のキャラクター・・・その効果は、よくはわかりませんが、アイキャッチにはなってほしいです。
 近頃の小学5年生や6年生は、なにしろ忙しい。学校の勉強もそうだし、スイミングなどスポーツクラブへ行ったり、英会話教室に行ったり、習い事もけっこうしているようですね。そして家ではTVゲーム、読書、掃除洗濯(ウソ)・・・う〜ん、自分の時間を欲しがる時期なのに、けっこう忙しいんだよね。家族のみなさんは、子供と遊んでいますか? 特にお父さんは、いまどきなかなか時間も取れない人が多いのではないですか? ヘキサイトESのように、ほんの5分、10分でもいいので、子供と時間を共有しましょうよ。・・・僕ですか? 僕は新しいゲームのモニターで子供を利用・・・いや失言・・・子供と楽しく遊ぶことをこころがけておりますです。
 小学生の諸君、たいへんだろうけどがんばってくれ! そして「小学5年生」もがんばって売れてくれ!

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2001.03.11
第14回 ヘキサイトの新世紀事件
 昨年末から引き続き、また異変に遭遇してしまいました。
 そうです、あのセガの突然の方向転換は、僕ら小さなソフトハウスには大打撃なのです。というのも「ヘキサイトDC版」が発売できなくなってしまったからです。熱いセガファンに熱いヘキサイトを・・・と公言してしまいそうなほど直前になってのできごとでした。イキナリだもんなあ、参りましたよホント。実は「六連DC版」も発売する予定だったんですよ。美しい星座のCGアートを背景に、透明感のあるファンタジックなBGMを添えて・・・。でも、DC版はダメでもPC版は発売します、ええ、誰が何と言おうと発売します。もちろん通信対応です。
 ところで、セガ内部では今たいへんでしょうねえ。DCがなくなるということで、担当部署は当然ながら整理されるでしょう。ウチがお世話になった担当者M.Mさんも、旋風に巻かれるようにセガを去ることになるそうです。「風と共に去りぬ」・・・。「漕ぎゆく舟のあとの白波」・・・。「棹させば流される」・・・。「諸行無常のことわり」・・・。「ああ、無情・・・」。何をたとえて言葉を贈ればいいやら・・・。
 さて心機一転、また新たなハード向けに開発を続けたいと思っております。え? iModeはどうかですって? やりますよ、誰が何と言おうと作ります。ヘキサイトは小型盤にして、絶対作ります。え? Xboxですか? ええ、やりますよ、どこかで売ってくれるなら(^^;。
 季節は春を迎えます。進学・卒業・就職・・・景気低迷ながら活気あふれる季節です。せめて心意気だけは「節約」せずに「大盤振る舞い」といきたいですね。たまには春のあけぼのでも見て、新鮮な気持ちを呼びさましてみませんか? 

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2001.01.23
第13回 ヘキサイトの世紀末事件
 新年、そして新世紀がはじまりました。人類にとって輝かしい世紀になることを祈ります。 
 さて、「世紀末」という言葉はほとんど死語になりましたが、僕にとってはまだまだ余韻がつづいています。というのも、ヘキサイトに大激震が起きたのです。昨年当初にアーケード版を作りたいという会社(S社)と契約を交わし、PC版「1」のソース(プログラムやグラフィックのこと)をお渡ししたのが始まりでした。どうにかしてアーケードに移植したいと思っていましたので、このお話はありがたいものでした。ただし、もともと思考ゲームなのでコインを稼ぐ(お店側からすれば)アーケード向きではないことは明らかです。そこで工夫が必要であるとS社社長に伝えたわけです。いずれにしろ、途中段階(α版)や最終段階(β版)で見せていただきながらコメントもできると踏んでいました。ところが・・・!
 昨年暮れに、ユーザーの方のメールが届き、読んでみてビックリ! すでに市場に出ているというではありませんか。アレッ? いつの間に? なんで? どうして? 僕は一度もテストプレイしてないのに? 急きょS社社長に問い合わせると、実は発売になっていたとのこと。うっかり忘れていたと・・・・「ど、どういうわけですか?」 しかも、当社と僕のコピーライトも入っていないという、信じられないことが起きていました。それでもヘキサイトが多くの人の目に触れる機会が増えたことで、コピーライトの件は仕方ないとあきらめました。
 ところが×2!
 なんと、PC版「1」の移植であったはずなのに、中身が違うというメールがまたしても・・・。あわててS社に問い合わせると、アーケード版のソースを送るので確認して欲しいとのこと。結局1月になってからソースが届き確認してみると、あきらかに意図的にプログラムが変更されていました。最初に配られる7種類の駒のロジックが、ぜ〜んぜん違うのです。PC版もGB版もWS版も、みんな40種類の組み合わせカード(これを作るのに5年前苦労したのです)を使用しているのに、アーケード版は「ただのランダム」で各駒の数が決められるのです。それじゃあ、ゲームバランスはめちゃくちゃですよ、とS社に言いましたが、「すでに市場に出たものの回収はできない。次回の生産のときなら変更できる」という、とーっても悲しい回答でした。
 見た目はヘキサイトで、中身は「ただのパズル」・・・というよりゲームとして「ダメ」なものになってしまいました。販売元のタイトーさんも苦虫をつぶしているだろうと思いますが、内部テストプレイの段階で「ダメ出し」ができなかったのでしょうか?(僕は個人的にはタイトーさんのファンでしたから、非常に残念です)
 実の子供たちは、奥さんのお腹を痛めて生まれてきたわけですが、ヘキサイトは僕自身のお腹を痛めた「子供」です(もちろん実の子供たちの方が大事ですが)。ゲーム作品だけでなく、すべての物は「作り手の愛情とユーザーへの思い」が込められていると僕は信じています(信じたいです)。そして最後には、同じ志を持つ作者たちが影響力を持てる環境になることを切望し、また、そうなると確信しています。
 安心して買える・・・いろんな意味で、21世紀のキーワードかもしれません。日本の20世紀は「社会」から「個人」へ焦点が変わりましたが、21世紀は逆に「個人」がどれだけ「社会」をイメージできるかが大切であると思います。もちろん日本にとどまらず、グローバルな視点も含めてです。と、観念的なことでも言っていなけりゃ、やってられないよ・・・というのが正直なところでしょうか。
 世界中のみなさん、今世紀もよろしくお願いします(早く自動翻訳機、完成させてよー)。

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2000.12.07
第12回 超能力
 僕の知り合いのプログラマー「O氏」は、子供の頃ある一時期超能力者だったに違いない。昔、はやった「神経衰弱」というトランプ遊びで、なんと最初から最後まですべて当ててしまったというのだ。もちろん相手もいたので証明できるという。確率的には計算の弱い僕には見当もつかないけれど、おそらくン十万とかン百万分の一なんていう途方もない低確率なのだろう。これは超能力以外には考えられない。つまり彼は一時期、超能力者だったのである。よくその手の番組では、必ずと言っていいほど子供が登場し、ありえないことをやってのける。子供の純粋な思考や心が、そんな力を引き出すのかもしれない。残念ながら、それ以来彼は超能力らしき力を発揮できないでいるらしい。
さて、僕の番。みなさんにも覚えがあるかもしれませんが、学生時代に麻雀をしているとき、ふと他の人の牌が見えたり次の自分の牌を予感したりしたことがあった。そんなことは偶然だと言われればそうかもしれない。でも、宝くじが必ず当たるという予感があり、実際そのとおり高額賞金を当てたという事実は、誰にも文句を言わせない僕の予知能力なのだ。当時は30歳、立派な「大人」だった。何が言いたいかというと、きっと僕は大人になっても「子供心」を失っていなかったということなのだ。って、これ自慢なのか卑下してるのか自分でもわからないのだけれど・・・。ついでに言うと、中学1年のころだったか、海に釣りに行ったとき僕は見たんだ。葉巻型のUFOを。これは誰も信じてくれないけれど、僕自身不思議でしょうがない。そのほかにも鯨と同じ大きさの海亀を見たり、渡嘉敷島で海竜らしきものを見たり、誰も信じてくれないけれど本当のこと。幽霊だけは幸いに見たことはない。
そう言えば、知り合いのゲームデザイナーは霊感のとっても強い人。あの忌まわしい阪神・淡路大震災も予知していた。不思議なことは多いけど、いちばん不思議なのは、やはり政界かもしれないよね。と無理矢理なオチにしてみました。
21世紀も目の前、未来にはサイエンスの世界でたくさん不思議発見があることでしょう。ひょっとしたら超能力やUFOも解決してくれるかもしれません。もし生まれ変わったら、また不思議体験をたくさんしてみたいなあ・・・。


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2000.10.25
第11回 1万ボルトの怪
 僕らの小さい頃は、よく家のコンセントをいたずらして感電したものでした。親から「100ボルトだから死ぬぞ」と脅かされた記憶があります。それならってんで、鉄道模型用?変圧器を通して12ボルトで感電する(ビリビリくる)かどうか、おっかなびっくり試したこともあります。もちろんNOでした。交流も直流も何も知らない小学生の頃でしたが・・・。
 さて、これから冬到来です。寒さもさることながら、乾燥してくると静電気がイヤです。あの「ピチッ」という音にゾッとします。重ね着の素材により起き易いようですね。なるべく同じ素材の重ね着がいいそうです。それにしても、帯電しやすい人はいるようで、パソコンが並んでいるような仕事場では要注意です。ヘタをするとパソコンが誤動作を起こすこともあるんですよ。気をつけましょう。
 しかし、静電気というヤツは身体に帯電して、多いときは1万ボルトにもなるそうですね。子供の頃に知ったら<セイデンキという怪物が1万ボルトで人間を殺すんだって>などと、わけのわからぬデマを飛ばしたかもしれません。あるいは<指先から1万ボルトの電気を出す怪人が現れた!>なんて言うかも。Xファイル(古い!)じゃないけれど、電気を自在に出し入れできる人間って世の中にはいるのかもしれません。好きな時に指先から青白い稲妻を出したりして・・・。
 よおーーーく考えてみれば、不安定な電子(や陽子)の塊でできてるんだよね、人間の身体って。蛍にだってできるんだから、人間も光ったっていいじゃない(って意味が違う)。古の記憶・・・光る子供がいた・・彼(女)は「太陽の子」と呼ばれた・・・(暴走)。

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2000.7.24
第10回 ネット・NET・ねっと
 とにかく世の中どっちを向いてもIT関連の話題ばかり。今夏のG8サミットでも「ITは21世紀の重要案件」であると認識されたらしいね。ITの核になるインターネットの広まりは、ここアジアでも急拡大しています。いつだったか、朝日新聞の記事によると日本より韓国・台湾の方が普及率が高いとか・・・。これはアジアにおける日本の求心力を下げることにもなりかねない状況ですよ(などと勝手に政治家気取り)。
 ところで「インターネット・カフェ」なるものがお隣の国々で繁盛しています(というより既に飽和状態に近い?)。日本では近頃でいうと「まんが喫茶」がその役割を担っているようですね。そしてアーケードでもパソコン通信を含めたネット対戦が今まさにヒートアップしようとしているでしょ? さらには大手・中小入り乱れて、多くの企業がネットを介したエンターテインメント主体のインフラづくりに追われている(そうです)。そう聞くと、ジッと待っていた甲斐があったなあと思います。ネット対戦こそ、われらが望む必須仕様なのである!(ビシッと決めポーズ)。
 さあ、ネコでも遊べてスパコンでも勝てない(???)企画をどんどん世に出そうではないか(身内へ)。そしてネットワールドに「我ら有り」と叫ぼうではないか(もっと身内へ)。万が一うまく行かなくなったら、南の島へ行こうではないか(自分へ)。
 といった様々な声に惑わされず、着実に歩んでいきます・・・きっと。だってねえ、電話料金とか接続料とか、サーバーやデバイス(キーボードやゲームパッド?)はどうするとか、ほかにも問題山積みな感ですから。ところで、ヘキサイト2の通信対戦を遊んでくれた方、感想をお寄せください。次の企画の参考にしたいので、よろしくお願いします。
 では、まとまりのつかない中に、残暑お見舞い申し上げ(ておき)ます。


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2000.5.8
第9回 ♪壊れかけのGAJI・・・
 清少納言ではないけれど<楽しいことだけを書き留めよう・・・>と思いつつも、どこかでグチっぽい表現をしてしまう今日この頃ですが、みなさんは明るいゴールデンウィークを過ごされたことと思います。巷では複数のティーンエイジャーたちの凶悪犯罪が世間を騒然とさせました。そして気になったのは、取材の中で犯人の友人が回想した次の言葉。
「ゲームは飽きた、本当に人を殺してみたい」というような意味のことを犯人の少年が以前に漏らしていたという。
 むぅ・・・・・・・仮想現実の暗部(恐れていたこと)かもしれない。ふと僕自身の高校時代を想い返す。いわゆる学生運動も末期の1970年(あ、いけね歳バレた)。大学から火種を受け継いだ(?)形で、我が母校K高は豪炎に包まれていました。ベトナム戦争(立川基地問題)、三里塚闘争(成田空港問題)、三島由紀夫の自害、その他もろもろの社会問題と自分、また思春期に心惑う自分、教育白書に鼻白み授業中に屋上でタバコを燻らせていた自分・・・学校という狭い井戸の底から大空のほんの一部を垣間見て、訳知り顔になっていた自分を思い出します。何もかもが苦痛の毎日でした。日本の社会が嫌なら海を渡ればいい、そう決めたのは卒業間近のころでした。それでやっと、日本でもやっていけそうだと思えたのでした。結局、一時的に海を渡ったことは何度もあるけれど、日本でずうっと暮らしています(^^;。
 昔と今を、あるいは人間同士を比較してみても<なぜ、そんなことになったのか>を知ることはできないでしょう。しかし、それでも人は子へと語り継いでいく。自分の青春時代の話を子供に聞かせるのです。話の中身がわからなくても、息がくさいという記憶だけでもいい、それもまた語り継がれることでしょう。子は親の青春時代を嘲笑うかもしれません。しかし記憶に留まるはず。いつかその記憶と自分の足跡を比べてみる日が・・・そして子もいずれ語り部となるのです。まるでアメリカン・インディアンの語り部たちのように・・・。
※「風の大地」(ビックコミックオリジナル)エピローグ風になってしまいましたが、たまには散文的な形式もいいかと。内容は「アナザ・ヘブン」的だったかな?(って見たことないのに、ごめんなさい) 少し壊れかけています。


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2000.4.2
第8回 X-Boxは○
 3月31日、幕張メッセに隣接するホテル「ニューオータニ」でX-Boxの説明会が催された。さすがにビル・ゲイツ氏は登場しなかったけれど、日本のマイクロソフト社の会長を含め米国本社の担当技術者?やグラフィック・チップを開発する会社の代表が解説し質疑に応じた。
 ゲーム機比較をベンチマーク的に表すと、従来機の能力の発達が直線的であったのを放物線状に急上昇カーブを描かせたのがPS2。X−Boxはその放物線のさらに先に位置付けられるという。ま、それはそうでないと後発の意味が薄れるし、また1年も経てばさらに高性能のマシンが発表されてもおかしくないのが今のコンピュータ業界。そこで強調していたのが<開発しやすい環境を作りたい>ということ。これは買い手側の要望である<安価で買える>ことに結びつくことでも大歓迎だ。
 誰かが「これはPS2のようにゲーム機以外の用途も考えられますか?」と質問すると、マイクロソフト側は「ゲーム専用機として位置付けています」と回答した。それはそうでしょう・・・だってマルチな用途を考えていますと言ってしまったら<パソコンとどこが違うの?>となるし、インパクトに欠けるよねえ。あえて分類すれば、PS2は<家電ライク>でX−Boxは<パソコンライク>の発想が根本にあると僕は思っていますが。
 いずれにしてもコンソール市場をほぼ独占し始めているPS2と張り合うという意味でのX−Boxの登場は、ゲーム業界にとってもユーザーにとっても決して悪い方向にはならないと思う。私的に言えば、パソコン向けゲームソフトを主体に開発している身として、X−Boxの市場拡大はとてもありがたい。DirectXのノウハウをどんどん貯めて良質な演出を盛り込んだ対戦パズルをX-Boxで出せるといいな。
 おっと、その前にX-Box発売まで会社をつづけていられるようにしないと・・・(淋。
 そう言えば、グラフィックのスタッフが足りないんだっけ。キャラクターのデザインも必要だし、この場を借りて公募します。いっしょに苦労!してくれる気概のあるクリエイターの方、ぜひメールください。いろんな意味でドキドキできますよ(笑。


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2000.2.20
第7回 遅い新年のご挨拶
 旧正月派ではないのですが、年が明けて初めてのコラムがこの時期になってしまいました。みなさんは新世紀の夜明けをどのように過ごされたでしょうか? Y2Kのために会社で年を越された方もいらっしゃったと思います。昨年後半の大騒ぎはいったい何だったのでしょうか? それとも特異日である今月の29日に大事件は起こるのでしょうか?(もう誰も見向きもしていないようですが・・・)
 話は変わりまして、今月から我々(Gu Inc.)が発売元になって新規開発ソフトを販売することになりました。とりあえずはVECTORのプロレジでのダウンロード販売を開始しました。おかげさまで「イチオシおすすめソフト」にも選んでいただけたことで、今後の<やる気>に弾みがつきました。
 888円シリーズとして「888シリーズ#1 HEXCITE NEO」を第1弾に、年内には本サイトでも紹介しています新企画をシリーズに加えていくつもりです。みなさまのご支援をよろしくお願いいたします。
 また、話は変わります。「プレステ2」の予約・・・凄かったですねえ。1分間に60万アクセスとか・・・(つまり1秒に1万アクセスですよね)。もし日本国内だけと考えると、それだけインターネット・ユーザー中のゲーム・ユーザーがいるということですから、やはりインターネット自体はかなり普及しているんだなあ、と実感します。
 またまた、話は変わります。石原都知事の「外形標準課税」政策は、決して銀行に止まることはないと個人的には思えますが、ゲーム業界には当てはめない方がいいでしょうね。会社の外形的規模は小さくとも売上は大企業並み、というケースが起こりえますから、その場合現行法人税より低い税額になるわけです。ま、僕の周囲ではどっちでも雲の上の話ですが・・・。
 しつこいですが、話は変わります。末期ガン患者でも助かる可能性があるという「移入免疫療法」を紹介した番組を見ました。他人のリンパ球を注入されると自分のリンパ球が活性化して免疫力が高まるというような内容でした。確かにガン細胞のみならず病原菌などに対抗する「キラー細胞」が強くなれば回復も夢ではないでしょうね。このほか免疫力を上げるための治療法が国内外でも話題になってきていまして、簡単な例を挙げると「腹を抱えて笑う」「常に前向きな考え方をする」「悪い細胞をやっつけている映像を見る」など脳波測定により良い状態を示せるので、ガン治療法として注目されつつあるようです。(ヘキサイトを遊ぶとα波が多く出る、なんて研究してくれないかなあ・・・)
 最後の、話は変わります。僕も4年ほど従事した某T社(出版社)が今年解体しました。ゲーム誌2誌の新刊に携わり第二の青春(?)を捧げたことを思い起こします。栄枯盛衰が世の常とはいえ、コンピュータ周辺の産業の移り変わりはバーチャル世界にいるようです。いったい何年後を見据えて行動すればいいのか・・・ひょっとしたら過去に顔を向けることが正解というウワサも・・・。
 北半球に春は近づいています。何よりも健康第一、元気に笑って過ごしましょう(笑)

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1999.12.28
第6回 やった!グッド・トイ認定
 今年を締めくくるコラムは大朗報(僕らに)で。
 おもちゃ作者やメーカーにとって嬉しい賞(?)である「グッド・トイ2000年」にボード版ヘキサイトが選ばれました(パチパチパチ)。去る12月9日に認定式があり、発売元の「やのまん」さんが認定証を受けました。その模様を観衆のひとりとして僕も見ていました。これで一気に広まるわけではないでしょうが、なんて言うか、初めての公の栄誉であるし、僕の中では「新人賞」を獲得したような気分なのです。
 最近のはやり言葉を使うと<ミレニアム・グッド・トイ>として歴史に残るのでしょうか(フフフ、と思わずにやけてしまう)。
 2000年と言えば<Y2K>も一大事件でしたね。コンピュータ万能の兆しが見えてきた矢先の大誤算に世界中が大慌てしました。もちろん、これしきのことでコンピュータ社会の発展が妨げられることはないのですが、ひとつの教訓として受け止めたいのは<万能コンピュータでも人間の介入が必要だ>ということです。ディジタル・アナログという比較対照は(すでに過去の遺物のように感じられますが)この先時代により均衡の差はあるにしろ、必ず残るものでしょう。
 ボード版の受賞に際して、人間同士が直接触れあえるアナログ世界を遠い未来の日常に透写することで、また気持ちを新たにできました。と言いつつも、23日に発売されたプレイステーション版の売れ行きが気になる今日この頃です(笑)。
 1999年は、このホームページの元年でした。そして2000年の目標は、新しいゲームたちの無料体験版を充実させることと、ヘキサイトに続くシリーズ作品を育てることです。みなさんのご意見をいつでもお待ちしています。これからもご声援をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

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1999.11.09
第5回 小さな喜び
 ヘキサイトはGBカラー対応版が欧米でも販売されている。ときおり海外での評価が気になり、あちらの検索エンジンで拾い読みをしてみる。少し前の「deja news」というニュースグループ?の投稿にウレシイ話題があったので転載したい。以下、原文。

       Subject:Hexcite good game for 5 year old
Date:1999/06/25
Author:bfiedler <bfiedler@my-deja.com>

My almost 5 year old daughter really enjoys Hexcite.
I introduced her to it by passing the game boy back
and forth between us in 2 player mode. I would let her win
and coach her -- in this way she learned the rules.
Now she can play well by herself. For her, Hexcite
was a better experience than Tetris.

 簡単に訳すと「ヘキサイトは5歳児にうってつけ:(本文)5歳になる我が娘はヘキサイトをとても楽しんでいる。私とふたりでプレイしながらルールを覚え、今やひとりで遊ぶまでになった。娘にとってはテトリスよりもヘキサイトなのである」(ちょっとタイトルだけは意訳っぽいかな)
 というわけで、僕の希望のひとつである<親子ゲーム>として評価してくれたこの一通の投稿。
 海外ではレビューサイトが多く、ヘキサイトも少なからず評価対象として挙げられている。中には手厳しい批判もあるが、大方評価は高いことに満足している(売れ行きは別として・・・悲)。正攻法をあえて捨てデコレーションを加えず<素>を前面に押し出して作ったわがままを、実は内心<おごり>があったのかもしれないと反省している。批判については、ほとんどが「もっと演出や楽しめる要素が欲しかった」という内容だからだ。それは真摯に受け留め今後の作品に反映させていきたい。
 ただ、世界のどこかで今も幼い子の手で遊ばれているヘキサイトがあるのだということが、意地っ張りな僕に小さな喜びをもたらせてくれたのも事実である。

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1999.09.14
第4回 プレイステーション2
 昨夜テレビ番組でPS2の紹介を見た。5年ほど前までは雑誌の取材により誰よりも早く情報を入手していたのだが、独立してからはメディアの情報に頼っている。
 とにかく「スゴイ」。人間やモンスターたちの動きの滑らかさは、これぞ次世代機のイメージである。CGの分野はマシンのスペックが高まれば高まるほど、よりリアリティを表現できる。ただし、そこにかかる人手や時間は膨大になる。番組でも従来の2倍もの経費がかかっていると紹介していた。ところがソフト販売価格は5800円前後をソニー側は考えているという。そうなると、販売管理をしているソニーにいかにたくさん売ってもらえるかで開発会社の盛衰が決まる。もしくは開発費のかからないジャンルを目指すかだ。
 お金の話はさておいて、CGの話に戻るが、最新映画の予告CMの「マトリックス」を見ていると、やはりCGを駆使している。でも、技術的にはゲームですでに使われている手法なので感動はしない。しかしながら、アニメ的あるいは香港格闘劇的な演出には期待したい。製作者のインタビューで、彼ら自身「オタク」(欧米における)を自称していたくらいだから。
 PS2のスペックから想像するに、ソニーはかなり本気で世界制覇を目論んでいるフシがうかがえる。以前から言われていたことなので公なのかもしれないが、PS2はゲーム機でありながら家電製品でもあるという位置付けだという意味。このニュアンスは発売されるソフトに微妙に影響を与えるはずで、おそらくCG映画をも凌駕する大作志向が大きな柱になってくるだろう。従来の映画ではありえない、インタラクティブ・ムービーとしての大作。RPGではまさにFFがその先鋒であり、アクションその他のジャンルにおいてもよりリアルな描写が主体となる。
 と考えたときに、パズルもリアル描写が必要になるのだろうか? もちろんより楽しんでもらえるためなら要素として組み込みたいが、それだけ時間や労力など開発費をかけてもいいのかなあ? 5800円という価格はパズルには似合わない。せいぜい3800円止まり。映像の演出も大事だが、パズルはやはりそのロジックが命。あえて挑戦するとすれば、長く遊んでもらうというコンセプトを土台に「陳腐化しない斬新な演出をその時の最新技術で描写する」という、こんがらがった仕様を切ることになりそう。
 それよりも、まずPS2で出させてくれるかが問題か・・・。

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1999.8.20
第3回 真夏の昼の怪奇
 前2回とは打って変わり、今回は我が家の話。
 幼い子供たちを連れて「田植え」体験をしたときにもらった稲の苗を、庭のバケツの中で育ててみることにした。植えた時点では10cmほどの背丈しかなく、ほとんど水の中に浸かっている状態。その後ときどきは水を取り替えたりしながらも、ほとんど放りっぱなし。梅雨の間も順調に成長し、背丈は2倍以上に伸びる。梅雨が明け猛暑が始まった7月の終わり、稲に詳しい知人に聞いてみた。
「ところで稲の穂っていつ頃出るのかなあ」
「7月の中旬にはもう出てるんじゃない」
 知人はそう言う。ウチのバケツ稲がまだ何も出ていないことを話すと、育て方を間違えているのでは、とのこと。あわてて調べてみると、なんと!7月の頭に一度水を干す必要があったらしい。おまけに水の量もかなり減らさなければならないことが判明した。稲に向かい話しかけた。
「ごめんな、ちゃんとしてあげられなくて」
 枯れかけた一部の葉を取り除き、大きくなった4株を順になでる。もう穂は出ないとあきらめた。

 翌日のことである。熱帯地方並みのスコールがときおり降る暑い日。妻と子供たちが庭に出ていた。いきなり歓声が挙がった。
「穂が出てる! ほら、こっちにも」
 2階で仕事をしていた僕は窓から顔を出す。
「ほらほら見える? たくさん出たよ」
 妻が手を打つと、子供たちも拍手をする。
 僕はすっかり驚いてしまった。昨日は何の気配もなかったのに、一日にして穂が出たのだ。信じられないが、これは本当の話である。
 稲は僕の懺悔に応えてくれたのだろうか?

 それにしてもうれしい怪奇現象であった。

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1999.8.10
第2回 NEO(ネオ)な気持ち
 RPGで、途中わけがわからなくなって元の町に戻ることは多いですよね。複雑な計算をしていて、わからなくなって最初から・・・なんてたくさんあるし。テレビで合体ロボットアニメをずうっと見たあとに、急に「鉄○28号」を見たくなったってことも多い(相方:多くない多くない!)。
 ゲーム作品って、これまで全部で何タイトル世に出たのだろう(カルトQ系な疑問)? ジャンルにしたって<何とか>ってハッキリ言えるものの方が少ないんじゃないかなあ、今どき。あれもこれもヨイヤサッて祭りのどさくさに紛れて出てしまったような気がしないでもない。御輿(みこし:一部モンスターソフト)は目立つのだけど、担ぎ手や観衆(一般ソフト)は祭りに参加はしているものの、ほとんど御輿の引き立て役。たまーに、ストリーキング(斬新ソフト)が走ったりもするが・・・。
 何かが発生して、それが盛り上がって、最後には収縮するという非常に<真理的>な流れは、ほとんどすべての物事に当てはまる。そう考えると、ゲーム世界でも同じような過程を辿るのだろうか?(疑問符をつけたけど、実は確信している) であるとしたら<カオス>状態が顕著になり、その混乱の中にいくつかの方向性の<芽>が現れるはずである。そう、その<芽>の発芽の臭いを僕は嗅いでいるところなんだ。
 勉強でも仕事でもゲームでも・・・一からやり直そうと思うときは、実は相当疲弊しちゃってる。でも実際やってみると案外スムースに進行するので、やり直した方が結果OKというケースも少なからずあるだろう。格言としてよく聞く言葉に<原点に帰れ>がある。え? ゲームでよくやってるって? ・・・その<リセット>とは、ちょっとばかし意味が違うんだなあ。いーーーちばん最初に戻ってみようよ、ということで、どちらかというと<精神面>の色合いが濃い言い方でしょう。
 僕もまさしくカオスの中にいる一業界人であり、いち早く脱出を望んでいるひとりである。簡単に<原点に帰れ>るほど人間ができていないのが悲しいけど、気分的には<そのつもり>モードに入っている。扇風機もつけず、窓を開放したままでこの夏を乗り切る覚悟ができているのがその表れ(・・・)。とにかく1999年夏は、<NEOな気持ち>なのである。
 みなさん、健康は原点ですよーーーーーーー。

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1999.7.10
第1回 <e=mc2>

 アルバート・アインシュタインの唱えた特殊相対性理論(1905年)は物理学上の大飛躍であり、後世の人類に多大な恩恵を与えることになるが、一方、その公式を実証することになった原子爆弾は多くの惨劇を生んだ。そういった歴史事実を踏まえ、物理学とはまったく無縁の<勝手なGAJIN公式>を1996年6月、僕は唱えた。 つまり、Eはエネルギーではなく「Evolution=改革・革命」で、Mは質量ではなく「Mind=心」でCは光速ではなく「Creation=創造」と「Calculation=予測・計算」なのである。このE=MC2を<GAJIN理論>として僕はゲーム開発に臨むことにした。

 余談だが、何故こんなことを思ったかというと、原子の世界も広大な宇宙も俯瞰して見ると(サイズを同じにして考えると)けっこう似てるんだなあ、これが。たとえば電子の動きも地球の動きも「歳差」(同一軌道上で回転していない)という共通項があったり、原子核と電子の構図を惑星と衛星におきかえてもいい。そんな理論もへったくれもない「相似」を思ったとき、<物事は複雑に見えるようで、実は単純な法則の上に成り立っているんだな>と考えるようになった。ならば、たとえ物理学上の公式であっても一般社会の公式に当てはめてもいいんじゃないの、と拝借した次第。

 現代のゲーム業界(特にメーカーサイド)は、ある意味閉塞状況にあると思う。ひとつの理由は、売上優先という、企業であれば当然の行為によるもの。会社を大きくしていくということは社会的意義のあることだが、クリエイティブ性の観点からすると時には相容れないこともある。真似をいけないと決めつけるわけではないが、ひとつの作品が売れたときに、(たぶん)多くの経営者は2匹目、3匹目のドジョウに思いを馳せるのではないだろうか? 同様にユーザーの中でも、同じような作品を求める声は少なくない。お互いが了解すれば、誰も文句を言う筋合いではない。でも・・・ゲームデザイナーやプログラマーには、オリジナリティを出したい人は多いはず。新しいものはリスクを伴う=会社としては二の足を踏む、を続けていては、そういったデザイナーたちの気持ちが萎えてしまう。 GAJIN理論は、開発におけるリスクの軽減も考慮しており、厳しい経営状況下で、もし意見を聞きたいという経営者の方がいらしたらご相談ください(そんな人いないって?)。

 まとまりのつかない、今日のコラムでした。

(・・・・って、ちょっと硬かったかなあ、小野寺さん。え? 硬い上に宣伝っぽいって? やっぱり。じゃ、次はやわらかく宣伝なしにするから、今回はこれで認めて、ね? あっ、まだ読んでる人がいたのね・・・・・失礼)

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我人作:HEXCITE小説はこちらです。

 


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