習作その4



サスペンス短編集 2004.8〜執筆中  我人 作

1 純愛のベクトル
2 嗅覚
3 老夫婦の別れ


☆純愛のベクトル

「あなた知ってる? この岬の伝説……」
「そんなことより、さっきの話。アイツから何て言われたのさ」
「うん……。私の運命を変えたあの言葉、くぅー」
「白々しいな、そのリアクション。そんなにショッキングなものだったのかぁ?」
「そりゃそうよ。でなきゃ、今ごろ主婦してるわよ」
「ま、言いたくないなら聞かないけどね。それにしてもアイツ、罪な野郎だよな」
「その罪な野郎の親友は、ど・な・た?」
「おいおい、そりゃないゼよ。親友ったって性格は正反対だしな」
「そう、まるで磁石ね。正反対同士がくっつくなんて、あはは」
「……しかし、俺にも理由を話さずに逝ってしまったんだよねぇ。あのバカ」
「ねえ。この岬から身投げした者は、あの世で必ず想い人と一緒になれるんだって」
「なんだよ、それが伝説なのかい?」
「彼がそう言ってたわ」
「おい、まさか自殺に関係してる話じゃないよな。え?」
「私に……言ったのよ、私にそうなれって、私に身投げしろって!」
「な、なにを言ってるんだ?」
「彼が愛していたのは私ではなかった。努力をして、したけど無理だったと」
「うそだ! 俺たち三人はいつも一緒だったじゃないか。アイツは俺に勝ち、おまえと恋仲になった。そうだったじゃないか!」
「でも、ちがったの。そのあと彼の口から出たのは、あなたの名。そして私は彼の背中を押した。そう、伝説どおり彼の想いを叶えてあげるために」
「う……そんな」
「許さないわ、今でも。……さて、あなたはどうしたい?」

[第1話 完]




☆嗅覚

(ここ一年ほど給料日は決まって夫の帰りが遅いのに、今日はなぜか早い)
「今日は飲み会がなかったの? 珍しいわね」
「あぁ」
「それで健康診断の結果は?」
「去年よりだいぶいいってさ。自然治癒力ってやつだな」
「そう」
「夕飯ある? あ、その前に何か酒ある?」
「お酒? 料理用の日本酒ならあるけど」
「料理用って飲めるのか?」
「安いけど、普通の純米酒よ」
「安い酒かぁ、まあいいや。湯のみに注いでくれ」
「夕飯は、焼き魚と漬物と味噌汁でいい?」
「はぁー、変わりのないメニューですねぇ」
(さぞ、外では豪華な飲食をしていたんでしょうよ)
「ふぅ。ま、安い酒だけど酒は酒の味がするもんだ」
「ねぇ、三沙子のことなんだけど。やっと新しい担任が来たんだって。前の先生が失踪して1ヶ月近く経つのに」
「ほぅ」
「今度は男の先生で、県の教育委員会から派遣されたそうよ。何かその場しのぎみたいよね」
「うん。ちょっとテレビ点けてくれよ」
「受験が目前なのに、勉強が進まないらしく悩んでるのよ、あの子」
「そう」
「どうしたらいいと思う?」
「そんなこと、自分で考えろよ。脳みそあるだろ、お前にも。ぬか味噌ばかりこねてるから脳もぬか味噌臭くなってたりしてな」
「……」
「だいたい、この家、最近臭うんだよ。ぬか味噌、もう止めたら?」
(糠漬けの効用も知らないで……)
「それに、魚も味噌汁も味が薄くて、何年料理してるんだ?」
(自分の力だけで健康回復したと思っている)
「そんなことより、ボーイフレンドができたって言ってたよな。アレか、そいつの部屋に行ったりしてないだろうな。今どきの中学生は、何してるかわかんねぇからな」
(そんなこと、アンタが言えた義理なの?)
「あ? 何か言ったか?」
「言ったわよ」
「なんだ、その言い方は。仕事で疲れて帰ってきた主人に対する態度か」
「仕事仕事って、残業手当もロクに出ない仕事って何なのよ」
「総務だってな、人間関係は大事なんだよ。飲み会だって立派な仕事だ」
「……」
「聞こえねーよ。ちゃんと言え」
「前の先生が失踪して、イライラしてるの?」
「何! な、何を言うかと思えば、関係ねーだろ、そんなこと」
「関係……ない?」
「おまえな、家でぶらぶらし過ぎて、脳みそおかしく……」
「そうよ! 臭いわよ、この家。臭くても我慢してるのよ」
「嗅覚の話をしてるんじゃねーだろ。おまえの余計な……」
「嗅覚の話よ! あなたは鼻の嗅覚しかないでしょうけど、私には心の嗅覚があるの」
「もういいよ。テレビが聞こえない」
「失踪した杉下亜矢先生。よく知ってるわよね?」
「あ? 名前だけはな」
「うそ」
「何がうそだよ。知るわけないだろ、子供の担任なんか」
(子供の担任なんかか……親としても失格ね。もう終わりにしよう)
「半年ほど前、三沙子が偶然見てしまったの、あなたと先生が一緒のところを」
「……そう。何か三沙子のことで相談したことがあったっけ。で、それが?」
「どこで相談したのよ。見かけたのは学校やこの家でじゃないのよ」
「ん? じゃ見間違いじゃないか」
「ふたつ先の駅の飲み屋街」
「ああ、そこなら同じ帰り道の同僚と飲む店があるけどな。じゃ、たまたま同じ店にいたんだ」
「この場におよんで、逃げるわけ?」
「なんだよ、だいたい何で三沙子があんないかがわしい界隈にいたんだ? ラブホテル街も近いのに。まさかボーイフ……」
「クラスの女友達の家が近くなのよ。勉強を一緒にした帰り道にね、そのいかがわしい界隈で、あなたと先生が高そうな寿司屋のカウンターで仲よくしているところを見てしまったの。先生もうかつだったわね」
「だから、三沙子のことで相談していたんだよ……きっと」
「ずいぶん、クルクルと変わるのね。あなたの脳みそ、回転寿司がいいところよね」
「はは、ジョークが言えるとは知らなかったなぁ」
「話をはぐらかさないで」
「あぁそういえば、亜……杉下先生の方から相談したいと言ってきたことがあったな」
「毎月、給料日の夜に? いえ、それ以外でも会っていたのよね」
「半年も前だからなぁ。1、2回は会ったかもな」
「ウソつかないで! ホテルから出てきた証拠写真もあるのよ。探偵に頼んだわ」
「くだらない出費しやがって、くそ!」
「三沙子が悩んで勉強が手につかなくなったのは、あなたのせいよ」
「もう、いいだろ。失踪していなくなったんだから……。おまえが何か言ったのか? だから彼女、何も言わずに去ったのか」
「もう遅いのよ」
「ああ、悪かったよ。あやまるよ。気の済むようにすればいいさ。それでチャラにしてくれ」
「もう、手遅れなの。チャラにはできないわ」
「そうかよ。勝手にしろよ。離婚するか? この臭い家を慰謝料代わりに……」
「臭い家ね。そう、臭いわ。自慢の鼻の嗅覚でもわからない? この臭いの元」
「ぬか味噌の話は終わりにし……」
「糠味噌は床下収納に入れてあるわ。でも臭いはその下にも……」
「し、下に、なんだ!」
「別の臭いの元があ・る・の」

[第2話 完]




☆老夫婦の別れ

(耶麻杉家ご葬儀会場)
「あ、こっちこっち。あなたぁ! どこ探してんのよ」
「え、あった?」
「まったく、道順聞いたのはあなたよ。しっかりしてよ、もう」
「はい、はい」
「はいはいじゃないわよ、まったく」
(通夜がしめやかに執り行われている。喪主は亡き人の夫、すでに喜寿を過ぎている)
「辰夫おじさん、ごめんなさいね。ウチの人が道まちがえて、遅くなってしまったわ」
「お忙しいところ、ご会席いただきありがとうございます。亡き妻も喜んでくれるでしょう」
「叔母には可愛がってもらったんだもの、あたりまえよ。ねえ、あなた」
「おじさん、この度はご愁傷さまで……」
「どうも、茂之くんまで。ご迷惑をおかけします」
「えーと、ミッちゃんたち来てるわよね?」
「ミッちゃん?」
「ほら、おじさんの弟の長女よ」
「あ、ああ。台所を手伝ってもらってます」
「そ、じゃあ、あたしも手伝うわ」
「おい、まずは奥様にご挨拶しなくちゃ」
「あーら、やだ。ご挨拶だなんて。まるで生き……ま、そうね。じゃ早く済ませましょ」
「おじさん、迷惑だなんて。気を落さずに……と言うべきですが、お気持ちお察しします」
「うっ……」
「おじさん、辛いでしょうね。長年連れ添った伴侶を亡くすことになって」
「茂之くん、長かったんだよ、本当に。ううっ……」
「早く、あなた!」
「ご焼香をして、すぐ戻りますから」
「あ、ちょっと、茂之くん耳を」
「は? はあ」
「…………」
「そうですか。また後でお話ししましょう」

(食事が供され、ときおり笑いも起きる)
「ミッちゃん、若いわねぇ、ウフフ」
「なによ、アンタこそ5年前より若がえったみたいよ」
「まあ、ホントのこと言わないでよ、ハハハ」
「お互い亭主が暗いからさ、あたしたちだけでも明るくしなきゃねぇ。そう思わない?」
「そうそう、そうして長生きしないとね」
「ホホホ」
「……あちらは賑やかですね」
「ま、女房も同じ類だったから、仲間が来て喜んでるだろうよ」
「それで、おじさん、さっきの話のつづきですが」
「おお、そうだったね。辛いのも昨日までという話ね」
「さっきも辛そうに泣かれていたじゃないですか」
「茂之くんならわかってもらえると思ってね」
「そりゃ、伴侶がいなくなれば……」
「うれしいんだ」
「え! おじさん、気は確かですか」
「君はわからんか? この気持ち」
「……実は……わかる気がします。ぼくと同じなら」
「さっきの涙は、うれし涙だよ」
「そうですか、わかります、わかりますって」
「ありがとう、茂之くん、ううっ」
「あらやだ、うちの亭主ったらもらい泣きしちゃって」
「故人は湿っぽいのが嫌いだったから、明るく楽しく送ってあげようって言ったのにね」
「いいのよ、放っておいて。こっちは明るくやりましょうよ。ね!」
「そうそう、なんちゃってね、ホホホ」
「早く、ぼくもおじさんみたいに、思い切りうれし涙を流したいなあ」
「そうなるように、祈ってやるよ、キミ、うううっ」
「ありがとうございます。約束ですよ、おじさん、うくっ」
「明日の告別式は、おおいに笑って送ってやるつもりだよ、ううっ」
「ウチのも一緒に送ってやれたらなぁ、うくくっ」
(奥方たちは惜しげもなく笑い、殿方たちは密かに笑う通夜となったのである)

[第3話 完]



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